奥多摩
東京都奥多摩。登山家としても写真家としても私のルーツはそこにあります。
風景写真をやる上でホームコースというのは重要です。自分がどのように成長したのか、感性がどのように変わったのか。それを確かめ実感することができます。
今回は銀一さんで山岳写真のセミナーをやるために大量の機材を入れて車で東京に帰ってきたこともあり、翌日に奥多摩で散策しながらスナップ撮影を行いました。
使用したカメラはNikon Z 6 / Z 7 とNIKKOR Z 24-70mm f/4 S1本。
現在は長野県の被災地での救助活動に従事していて写真家としての活動を休止していることから久しぶりにカメラを手にしました。
そんなことから高ぶる気持ちを抑えられずまだ真っ暗な深夜に奥多摩に到着していました。
2019年の10月9日に行ったセミナー「森から始める山岳写真 -光を探す旅へ-」が250人を超えるキャンセル待ちを出してしまい多くの人に技術の共有をすることができなかったので、そこでお話した「光の読み方」と「空間の表現」「縦構図」を重視した写真を撮ってきました。

午前5時過ぎの太陽の光が溢れない時間。一匹の猫がこちらを見つめている。
うっすらと差し込む柔らかい光がコントラストを弱め猫のきれいなホワイトを映し出しています。

山があり人がいる、そういう世界観が奥多摩の雰囲気。奥深い森の中や林道も整備されており独特の世界観を作っています。
天気予報は晴れ。けれども山の中なので気温が上がりきるまでは霧に包まれます。淡く差し込む光が葉に当たりうっすらと煌めき、濡れた地面は色が深く落ちる。
懐かしい奥多摩の朝のはじまりです。

林道を進むと、ところどころに水が現れます。常に水が流れる渓谷もあれば、雨のあとにしか現れない水流もあります。
この水はどこから流れて来たのだろうと山の中に興味を持ってしまう。そんな表現を被写界深度と光の重なりで構成しています。
このようなアプローチが光による空間表現の基本です。写真家の瀬尾拓慶君と一緒に行ったセミナーで解説した考え方とまとめ方。光を読んで写真を撮ることに興味がある人は彼が在廊している常設ギャラリーに足を運んでみてください。

日が上がり始め光の温度が上がり、林道は緑と無彩色の世界に。
霧の中の世界は色の階調がなめらかになります。
ハイライトからシャドウまでの美しいグラデーションを使い切る露出の選択が色による写真の美しさと深みを教えてくれます。

真っ白な霧の空を見上げると、そこには高い湿度から生まれた水滴の煌めきがあります。
葉と葉にかかるクモの巣も緑と白の世界を演色しています。

鬱蒼としている山に現れた光の線と階段が山に登れと誘ってきます。
光を読み、線を見つけ、階段を見つけ、空間を作る。オブジェクトによる構図だけでは表現できない空間の表現が光を使うことで簡単に作れます。

空の色が、葉の色が、水の色。ライトに照らしてみれば均一になってしまうものでも光の角度、質、強さで複雑に変化します。
どこから光がやってきているのか、どこに影が落ちているのか。葉っぱの1枚まで細かく見て「キレイ」を構図にまとめていきます。

車で奥多摩湖近くに移動。そこで見つけた楓の木。逆光によって透過しているクリアな緑が印象的。それでいて葉が重なる部分は濃い。そんな濃淡が楽しめます。
木の幹が逆光でシャドウが強まりディテール描写が弱いことからより色彩が引き立ち、紅葉と合わせこれから秋が深まっていく空気を感じます。

日が昇り、霧が晴れ、太陽の光が強くなり照らされる緑に活力が生まれてきます。ガードレールの間から差し込む光に注目することでスポットライトのような注視効果と、撮影の時間帯の表現ができます。

少し標高を上げると紅葉が始まっていて、森は様々な色で溢れています。
その中で秋を象徴している木々にスッと光が落ちています。
光によって金色に輝く葉、赤く染まる葉に目線が行ったり来たり。移りゆく季節の中で光で秋を見つける。そのようなアプローチも写真で表現できます。

ただ光が落ちている場所を探すだけでなく、複数の光を影を見つけてレイヤーを作っていくことで主題と副題を分けたり、視線を誘導できたりします。
有彩色最高明度の黄色と、無彩色の最低明度の黒。
あらゆるものが正反対の2つを組み合わせることで対比が起き、日陰の中の深いシャドウの中でも葉の存在の消えることなく残っています。色彩を見て写真を作るのも面白いアプローチです。

山の奥深くにある採石へと石を運ぶトロッコ。人と山が共存する奥多摩らしい風景の1つです。
夕日が差し込むことで線路の質感やディテールが浮かび上がり自然の中での人工物の存在を主張できています。

日が落ちる時間帯の繊細な光を追うことで捉えることができる世界。
注意していないと見えないほど繊細なものですが曇天でも、雨でも日没直後でも光は存在し、それに照らし出されたものは存在します。
光を反射しやすい質感を持つ枝が光を受け止め、夜を迎えようとしている渓谷の中で光り輝いているように見えます。

ハイライトとシャドウの繰り返しで空間が作られている分かりやすい写真です

複雑に絡み合う木々の中にも、光によって浮き出ている美しい要素はどこにでもあります。
それを捉えるために、前ボケを弱くしてディテールを残しながらピントは奥の黄色い葉に合わせることで複雑さの中にある、自分が感じた美しいものを探し出して表現することもできます。
光は目に入るものすべてを美しくする
人と山の距離が近い奥多摩は非常に美しい世界です。それ故に自然という被写体だけに目を向け、絶景という目的を持つと難しくなる場所でもあります。
そこで視点を変え「目に見えるものすべてが美しい」と考えて構成する光と空間で写真を撮るとあらゆるものが被写体となり、散策しながら美しいシーンをたくさん切り取ることができるようになります。
今回はNikon Zとキットの標準レンズ1本ですべて手持ち。ただ美しいと思ったものを自然や人工という区別なく「光」で切り取ったものです。
そんな写真の撮り方も挑戦してみてはいかがでしょうか。